はじめに
皆さんこんにちは、20新卒エンジニアの林です。
テックブログデビューということでとてもワクワクしておりますが、
デビューながらにしていきなりテック感のない書いていくことになりました。笑
今回この記事では、
新卒エンジニア研修を受ける中で、自分と周りとを比較して全ての自信を失ってしまった自分が、
「弱さの開示」と「自己受容」という二つの考えをもとに自信を取り戻していった体験をお伝えしたいと思っています。
自信を失うまで
まず、今年度のエンジニア研修はおおよそ二つのフェーズで構成されていました。
- 基礎知識とエンジニアとしての学び方の習得を目的とした少人数での研修
- チーム開発の経験を目的としたチームでの開発
まず最初のフェーズでは、個人やペアで与えられた課題に対して取り組んでいました。
1〜2人での個別作業となるため、各自の進捗に差が生じます。この時、どんどん先に進む周囲の同期を見ながら、「同期すげぇな…..」といった感情を漠然と抱えていました。
そんな私が大きく自信を失ったのは、次のフェーズであるチーム開発が始まってからのことでした。
チーム開発になってからの私は、話し合いを進めていても技術的な話に対して理解が追いつかず、みんなの話を聞くばかりになっていました。
わからないことを質問すれば、ちゃんとメンバーは答えてくれます。
そんな優しいメンバーに囲まれていた私は、ここで**「自分はみんなに何を返せているんだろう」**という大きな悩みにぶつかります。
これをきっかけとして、私はここから一気に自信をなくしていきます。
- 自分のアウトプットが何か人にいい影響を与えられているのか?
- 技術スキルに関してはメンバーより劣っている、じゃあ他のところで返していく?
- コミュニケーションならある程度得意なはず(でも、この時既に自分からは全く喋れてない)
- そもそもコミュニケーションによってメンバーに与えられるものがあるのか?
- …あれ?俺が得意なことってなんだ?
- 俺のいる意味って何…??
私の中の「技術スキルへの不安」が、いつの間にか本来関係ないはずの「自分が持つ全てのスキルへの不安」へと広がっていき、ついには「自分への自信喪失」まで引き起こすこととなったのです。
なぜこんなことになったのか
はい、ここで話はいったんストップします。
私がこれほどに自信を失うことになったようになった原因をまとめてみましょう
- 他の同期に対して、“漠然と"すごいなぁと思っていた
- 技術スキルに自信がないのに、最初から同じ領域で何か返そうとしていた
- 不安を抱えきれなくなる前に、行動が消極的になった
他の同期に対して、“漠然と"すごいなぁと思っていた
当初、私は他の同期に対して「みんな、すごいなぁ」というふわっとした尊敬を抱いていました。
もちろん、相手を尊敬することは大切なことですが、 よくなかったのは、「〇〇さんは、△△が得意なんだ」と、個人とスキルを結びつけて考えていなかったことだと思っています。
周囲に対して漠然と「すごい」と思っていると、インフラの得意なAさんと、Goがめちゃくちゃ書けるBさんと、Flutterを爆速で書くCさんが無意識の内に合体して、「全てのことが得意な誰か」という存在が意識の中に棲み着いていきます。
こうなると、何をどう足掻いてもその存在には勝てません。自分の無意識が産んだその存在は、全てにおいて自分を上回っているからです。
これは、Twitterなどでも起こり得る話で、本来個であるはずのものを普段から個としてみておかないと、いつの間にかそれは存在しないはずの大きな個となって自分の自信を削ぎ落としにきます。
技術スキルに自信がないのに、最初は技術スキルで何か返そうとしていた
エンジニア研修だったということもありますが、当初の自分は、技術スキルの領域で何かを相手に返そうという意識に囚われていました。
もちろん、返せないことはないと思いますが、相手と比べて劣っている領域では、量や質の点でどうしても返せるものは少なくなってしまいます。
自信がある程度保たれている状態ならまだしも、すでに自信をそれなりに失っていた私にはこのことがさらなる自信の低下を引き起こしました。
こうしてある一定の領域で自信が落ち切っていき、結果的に本来自分が得意だったはずの領域の自信低下にもつながっていったのです。
不安を抱えきれなくなる前に、行動が消極的になった
上の二つによって自信を失い切った私は、自分から行動が起せなくなりました。
自信を取り戻すには、他者から褒められたり、関心をもたれたりすることが必要です。
しかし、行動が消極的になってしまうと、例えアウトプットがあったとしてもそれが人の目に触れる機会が減り、評価されること自体が少なくなってしまいます。
こうして私は、遂に自信を取り戻すための手段まで失ってしまったのです。
どう解決したのか
この問題を解決するための鍵となったのは**「弱さの開示」**と**「自己受容」**でした。
落ち込みきった自分はまず、なんで自分がこんなに自信を失ったのかを考えてみることにしました。 そのために、自分を見てくれていた研修メンターさんに相談させてもらい、今の自分の気持ちをひたすら吐き出すことにしたのです。
その時に意識したのは、**「ネガティブな気持ちや自分のダメなところにもちゃんと言及する」**ということでした。
自分の弱いところ・嫌なところを誰かに話すのは勇気のいることです。
しかし、自分の弱さを他に開示できたとき、それは自分に正しく向き合えたということでもあり、自分の改善点が見える瞬間でもあります。
「俺はこういうことに対して逃げたくなっちゃうんだよなぁ」
「こんな時はつらくなっちゃうなぁ」
といった気持ちをまずは声に出してみることが大切なんだと思っています。
–
こうして自分の弱みに正しく向き合ったあとは、その弱さを持つ自分を許してあげることに注力しました。
自分の弱さを許すにも勇気が必要です。
弱い自分を許すことは、敵の前に鎧を脱いだ状態で立つようなものです。
しかし、その敵は実は自分自身であることがほとんどなのだと私は気付きました。
「お前は十分じゃない」「お前は何様だ?」
これらの言葉を自分に投げかけるのは往々にして自分自身なのです。
これによって自信を失っていた私は、何かができない自分もまた自分であり、「できない」という状態自体は責めるべきものではないということをゆっくりと腹落ちさせていきました。
こうして、徐々に自分を許せるようになった私は、徐々に他の行動を起こすことができるまでの自信を取り戻していくことができたのです。
この記事で伝えたかったこと
人間、ほとんどが周囲と自分を比べて悩んだり、辛くなったりします。
「あなたはあなただし、周りと比較することはないよ!」といろんなところで耳にしますが、分かってはいるもののどうしたって比較してしまう生き物なのです。もうそこは仕方ない。
だからこそ私は、**「比較に耐え得るメンタルをどう作るか」**が大切なことだと思っています。
そのために今回学び実践したことは、「弱さの開示」と「自己受容」でした。
自分の弱さを明らかにし向き合うことで、自分が不完全であることを許すことができるようになる。 このことは、他者との比較から自分を守ってくれる一助となります。
自分の弱さを許すことは、自分に価値がないと認めることではなく、 今の自分の得手不得手を知り、正しく前に向かうための手段になるのです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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